「あなたの心に…」

第2部

「アスカの恋 激闘編」

 

 

Act.31 マナ大ピンチ!ママが発病

 

 

 その日を境として、ママの様子が変わった。

 人形を手にして、あらぬ方向を見て、にっこりと微笑みながらブツブツと…。

 まずい!まずいわ!

 ママの病気が再発したのよ!

「アスカ、ママは大丈夫?」

「駄目。あれはね、誰にも治せないの。ドイツにいたときから時々発病してたんだけど」

「え!そんな前から?!」

「そうよ。私が生まれる何年も前からなの」

「お医者さんには診てもらってないの?」

 私は力なく、マナに首を振ったわ。

「無駄よ。ママの病気を治せる医者なんて、この世界中に一人だって存在しないわ」

「そんな…」

 マナの顔は絶望と悲しみに包まれた。

「ほら、日本でもよく言うでしょ。

 お医者様でも、草津の湯でも、って」

「はい?」

「そうね、医者は無理だけど、社長なら治せるわね。単身赴任をさせなきゃいいんだもん」

「アスカ、もしかして、それって…」

「今回は4ヶ月も会ってないから、リバウンドがひどいわよ。

 前に発病したときは、

 私恥ずかしくて一緒に外出できなかったし、家だって食事が一緒に出来なかったもん」

 私は回想していた。

 あのドイツの日々。周囲の眼。それをまったく気にしないママ。

 私は孤独だった。あんな二人の間に入ることなんか出来ない!

 恥ずかしくて!

「もしもし、アスカ?回想モードのところ、ごめんね。

 あの…、ママの病気って」

「はん!<恋の病>に決まってるでしょ!」

「へ?」

「ドイツでも有名だったのよ!ラブラブソーリュー、馬鹿カップルって。

 Dumme Schatze der ardent Liebe! 娘の私が恥ずかしくて。

 本人たちは全然周りの目を気にしないんだもの」

「そ、そうなんだ…」

 私の愚痴にマナがちょっと身体を退いてる。

「もうベタベタ、ベタベタ、娘の前でもお構いなしよ。

 ねぇ、おいしい?うん、君の料理は何時食べても最高だよ。

 いや、いや、私の前でそんな風に気取って言わないでぇ。

 あ、すまんすまん、ほんまにアンタの料理は世界一やでぇ。大好きや」

「え?何それ?鈴原?」

「あれ?言ってなかったっけ?パパ、関西人よ」

「嘘…」

 マナはリビングの一等地に飾ってあるパパの写真の群れを指差したわ。

 誰がどう見ても、アーリア人の典型の容姿。

 逞しくはないけど、優しげな笑顔。

「ああ、あれ?つまり関西生まれで関西育ちのドイツ人。

 でも国籍は日本なのよね。因みに16歳までドイツ語はおろか、英語も、

 ううん、標準語でさえ話せなかった、コチコチの関西人なの」

「そ、そうだったの…?イ、イメージが違うような」

「今度、暇なときにママとパパの馴れ初めはじっくり話してあげるわ。

 赤ん坊のときから、子守唄のように聞かされてきたから。

 出会ったとき。再会したとき。どこでデートした。いつキスした。

 もうっ!耳に胼胝が出来たわ」

 私たちがそんなことを話しているのは、ママの耳にはまるっきり入っていない。

 ぬいぐるみを抱きしめながらソファーの上でごろごろしてる。

 マナがぼんやりとママを見ていたんだけど、突然手を打った。

 音はしないけど、凄い勢いだった。

「わかった!わかったよ!アスカの鈍感の理由!」

「へ?鈍感?」

「そうよ!どうしてあんなにシンジを好きなことがわからなかったのか。それよ!」

 何言い出したのよ、この幽霊娘は。

「ママとパパを見て育ったからよ。

 そんなに開けっぴろげでベタベタしたカップルだったんでしょ。

 それが恋愛だと、ほら、なんだっけ、頭の奥の、アレよ、アレ」

「深層心理?」

「それ、それ、多分それ!

 アスカはそんなのが恋だって思い込んでたから、憧れとか好きになったっていう、

 恋愛の初期症状がわからなかったのよ!」

 私は手を打ったわ。私には実体があるから、リビングにいい音が響いた。

「そっか。そうだったんだ。はは〜ん、やっとわかったわ。

 自分でも理由がわからなかったのよ。そうだったんだ…」

 私は諸悪の元凶を睨みつけた。

 やっぱりラスボスだった、諸悪の元凶は至福の表情でソファーに転がっている。

 私は椅子から立ち上がって、ママの前で仁王立ちして宣言したわ。

「いいこと!これはママたちのせいなんだからね!

 こうなったら、いつかママたち以上に、シンジとベタベタしてやるから!

 見てらっしゃい!」

 ふぅ…。気が済んだわ。あとは有限実行あるのみね。問題は大有りだけど。

 マナが私の横にスッとすべってきて、私の顔を覗き込んだ。

「あのね、アスカ。今の、すごく威勢がよかったんだけど、さあ。

 じゃ、シンジと町じゅうで噂になるくらい、その…ベタ、ベタ、するわけ…?」

「と〜ぜんじゃないの!負けてらんないのよ!」

「シンジがそんなこと…でも…アスカなら、するって言ったらするよね」

「もちろ〜ん!これは惣流一族の宿命なのよ!呪われた血なの!」

「なんか、私、人選を誤ったような気がしてきたよ…」

 私は仁王立ちを止めて、マナの方を向いた。

「さて、本論に入りましょ」

「え?本論って何?」

「パパが帰ってくるんだから、マナ、アンタに問題があるのよ」

「私に?何それ?」

「パパはね。それはそれは、物凄〜い、人並みはずれた、怖がりなの」

「へ?怖がりって」

「あ、人間とかそんなのには全然大丈夫。オバケとか妖怪とか、そんなのに弱いの」

 私はマナを指差した。

「もちろん、幽霊にもね」

「そ、そうなの?」

「遊園地に行っても、モンスター関係のところにはパパは絶対に入らないし、

 映画やテレビも絶対に見ない。私が見ていてもリモコンで消しちゃうもん。

 話だけでも怖がるし、ううん、気配だけでもピンと来るみたい」

「え、じゃ…じゃ…」

「マナのこともすぐにわかるでしょうね。あの臆病者の勘は物凄いのよ。イテッ!」

 私の耳が突然グイッと引っ張られたわ。

「パパのことを悪く言う娘は、アンタ?」

 げげ!何時の間に、現状復帰したのよ。

「私の大好きなハインツのことを臆病者って言ったわね」

「だ、だって、ホントのこと…」

 目が据わってるよ。ママ、勘弁して。

「お仕置きが必要ね。お尻をぶってあげるわ」

「や、やめて、やめてよ。ママ、ごめんなさい!助けて!マナ!きゃっ!」

 <しばらくお待ちください>

 バシ!バシ!バシ!

 <もうしばらくお待ちください>

 バシ!バシ!バシ!

 <こちらは子供の人権110番です。虐待に関するご相談は1とシャープを…>

 バシ!バシ!バシ!

 

「酷いよ、ママ」

「知りません。パパをそんな風に言う娘には当然の報いです」

 ママはテーブルで優雅に紅茶を飲んでいる。

 私はソファーにうつ伏せになってるの。

 だってお尻が真っ赤に腫れて、座れないんだもん。

 マナは私の横でニヤニヤ笑ってる。

「でもさぁ、ママ、どうするの?マナのこと」

「そうねぇ、パパは怖いのには鋭いから」

「他のことは、ボケボケなのにねぇ…」

 ひぇっ!ママが睨んでる!

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

「もう、アスカったら酷いわ。パパみたいな素晴らしい人に向かって…」

「ストップ!そっから長くなるから、止めてよね。今はマナのことよ」

「はぁ…、いいお話なのに、ねえ、マナ。またゆっくり聞かせてあげるわね」

「はい!」

「まあ、いいお返事。どこかの馬鹿娘とは大違いね」

「はいはい、で、どうするの?」

「そうねぇ…マナに出て行ってもらうわけには行かないし」

「えぇっ!私を追い出すんですか?!」

「あのね、わけにはいかないって、ママ言ったでしょ」

「あ、そうか。ははは、良かった」

「パパがいないときはもちろん大丈夫だけど…」

「う〜ん、そうかな…?」

「そうかなって、ママどういうこと?」

「パパはホントに鋭いから。マナの残り香でピンっとくるかも」

「えぇ〜、そんなに凄いんですかぁ!」

「そうよ。ラインの古城に行った時なんか…」

 ギロッ!

 あわわわ。すみません、もう言いません。

「まずは相手の出方を見るしかないでしょうね。

 安心して、マナ。アナタに悪いようにはしないから。ね?」

「はい、お願いします」

 マナはペコリと頭を下げたわ。

「とりあえず、パパが帰ってくる日はマナは消えておいてね」

「うん、散歩しとくよ」

 散歩って、霊的には浮遊ってんじゃないの?

 

 う〜ん、本音で言うとちょっと心配なんだ。

 さっき話しかけた、ラインの古城の時なんか、

 ある部屋に入った途端に大騒ぎして、300年前の召使の霊がどうのこうのって。

『除霊はされとるけど、思いだけは残っとるでぇ。うわぁ、こんなん、あかんわ!

 我慢でけへん!キョウコ!アスカ!わしは表で待ってるからな!ほな!』

 興奮すると関西弁になるのよね、あの人は。

 普段は完璧な標準語の癖に。

 でもママは関西弁バージョンのパパが好きみたい。

 二人だけのときはパパ関西弁使ってるもん。

 私が鈴原の言葉に違和感を持たなかったのは、パパのせいだったのよ。

 はは、あの時は回りの観光客が慌ててたわね。

 完全にアーリア系の男性が突然耳慣れない言語で騒ぎ出したんだもの。

 悪魔憑きだって思われたかも。

 あ〜あ、パパが帰ってくるのは嬉しいけど、

 マナのことは困っちゃったわね。

 事情を話せば…怖がるよね…身体が受け付けないわね、多分。

 でも、マナと別れるのは絶対にイヤ。

 ママが巧くしてくれるかな。

 はぁ…、だけどママの唯一の弱点がパパだもんね。

 パパの言うことに逆らえないんだから、あのママが。

 パパが地球は四角いんだって教えたら、きっとママは平気で信じてしまうくらい。

 ああ、どうなっちゃうんだろう?

 心配だな…。ホント。

 

 ん?

 何かもう一つ、大事なことがあったような…?

 そうだわ!ママとパパに責任とってもらわなきゃ!

 私を恋愛に鈍感にした罪よ!

 そのおかげで、シンジとラブラブになり損ねたんじゃないの!

 くぅ〜!よし!

 こうなったら、ぜぇ〜たいに、ママパパよりラブラブになってやるんだから!

 でも、どうすればいいんだろ?

 

 

 

Act.31 マナ大ピンチ!ママが発病  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第31話です。『マナ絶体絶命』編の前編になります。
マナが惣流家に残れるかどうか、怖いもの嫌いのパパをどう説得するかが問題です。
さて次回は、アスカパパが大暴れ(?)。